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私の経歴

私の経歴

略歴

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横須賀市議会議員二期目。
野比在住。1975年(昭和50年)9月3日生。筑波大学人文学類卒。地域情報誌社勤務の後、環境コンサルティングに携わるが、地域の疲弊と日本の将来を憂い、政治を志す。

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2008年、政策秘書資格試験合格。衆議院議員 長島一由(前逗子市長)の下で公設秘書として修行を積み、2011年より横須賀市議会議員を務める。マニフェスト大賞でも6年連続で受賞するなど政策派として活躍。
地域通貨イタッチ・プロジェクト事務局長や国際環境NGO A SEED JAPAN、特定非営利活動法人NPOサポートセンターなど市民活動にも関わる。「横須賀第一節電所」所長を自任。尾崎行雄に学ぶ咢堂塾15期生

経歴

時期     年齢  足どり
1975年9月0才家電店の長男に生まれる
1994年4月18才筑波大学人文学類に入学
1999年4月23才大学卒業後、地域情報誌の出版社に入社
2002年10月27才3年半勤務し、退職。環境関連の学校に通いながらNGO活動に取り組む
2003年10月28才環境・CSRのコンサルティング会社に入社
2006年10月31才3年勤務し、独立して環境・CSRの執筆・調査業。そのかたわら、政治を志す
2008年8月32才横須賀市野比に家を買う
2008年9月33才国会議員政策担当秘書資格試験合格
2009年1月33才衆議院議員 長島一由(前逗子市長) 秘書
2010年12月35才2年勤務し、退職。横須賀市政への挑戦を決心
2011年4月35才横須賀市議会議員選挙に当選
2012年11月37才マニフェスト大賞にて「優秀コミュニケーション賞」受賞
2013年10月38才マニフェスト大賞にて「優秀政策提言賞」受賞
2013年12月38才懲罰特別委員会にて「戒告」処分を受ける
2014年10月39才マニフェスト大賞にて「優秀コミュニケーション賞」を山城保男議員と受賞
2015年4月39才横須賀市議会議員選挙で再選
2015年7月39才日本JC「地域再興政策コンテスト」で優秀政策賞を受賞
2015年11月40才マニフェスト大賞にて「優秀コミュニケーション賞」を学生インターンと受賞
2016年11月41才マニフェスト大賞にて「優秀政策提言賞」を学生インターンと受賞
2017年11月42才マニフェスト大賞にて「優秀マニフェスト推進賞」を所属する会派研政が受賞

立場

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初当選から現在まで政党は無所属。議会内では二期目から会派「研政」に所属。
全駐留軍労働組合横須賀支部から推薦を頂いている。また、東日本旅客鉄道労働組合、連合神奈川、三浦半島地域連合から、それぞれ推薦を頂いている。
一貫して脱原発の活動を行ってきた。
政治的理念は伝統的保守主義。尊敬する政治家は尾崎行雄、田中角栄、北川正恭。

これまでの足どり

幼少~中学校

  • 1975年(昭和50年)9月3日に生まれる。実家は家電店。
  • 「伸び伸び自分のやりたいことをやって行け」という願いをこめて「伸行」と名付けられる。(なお、弟は「家業をついでほしい」という願いをこめて「つぐ」を付けて名付けられた。その願いどおり現在、実家の家電店を経営中)
  • 小学校時代の夢は、ロボットを作る博士になることだった。
  • 中学校時代は、軟式テニス部に所属。

高校~大学時代

  • 高校生時代は、文芸部に所属。文芸部同人誌『Nocturne』を発行するほか、他校の仲間と同人誌『さらだ』を発行。
  • 勉強はさっぱりだったが、高校3年の秋に「なんだ、受験は点数を取ればいいだけじゃないか」と気づき、一念発起。点を稼ぐための受験勉強に注力し、学費の安い国立大学に現役合格。
  • 大学に入学するも、人生に悩む。1年間休学し、部屋も荷物も持たない放浪生活を送る。芸能プロダクションで全国ツアーのスタッフ、休演中はホテルの住み込みなどをする。
  • 復学し、放浪中に開眼したバンド活動に明け暮れる。自作の日本語ロックバンドでヴォーカル&ギターを担当。デビューも夢見るが、父の死をきっかけに「実業をやろう」と思うようになり、諦める。

社会人

  • 大学卒業後、地域コミュニティに関わる仕事がしたいと考え、地域情報誌の出版社に入社。広告営業担当として、お店にお客さんを呼ぶための広告企画を考えたり、キャッチコピーや原稿を書いたりと、忙しいながらやりがいを感じて働く。しかし、「もっと自分が社会に役立っているという実感の持てる仕事がしたい」と考え、月間最優秀社員になったのを機に3年半勤めた会社を退職。
  • 半年あまり、本ばかり読んで今後の身の振り方を考える。貯金が底をつき、色々なものを売ってお金に換えた。
  • 「よし、環境・CSR(企業の社会的責任)分野に転職しよう」と決め、失業保険をもらいながら職業訓練を受けることにする。職業能力開発総合大学校環境管理技術科に通い、環境マネジメントなどを学ぶ。勉強のかたわら、NGO活動に取り組む。お金もなく、身分もなく、苦しい時期だった。
  • 課程の修了後、株式会社クレアンという環境・CSRのコンサルティング会社に転職。日本を代表する大企業と一緒に「社会や環境にいいことをしながら、いかに企業ブランドを上げ、儲けるか」を考えるお手伝いをする。この過程で、日本と世界の持続可能性に危機感を持ち、政治を志す。自分の人生において、決定的な方向付けがされた時期。
  • 息子が生まれたのを機に、少しペースを落として働きたいと考え、3年勤務した会社を退職。独立して個人事務所ワントゥワンを設立。環境・CSR関連の執筆や調査を行う。この間、横浜市栄区の地域通貨「イタッチ」のプロジェクトで事務局長として実証実験を成功させる。
  • 多くの人に支えられて個人事務所は順調に軌道に乗ったが、政治への思いは募るばかり。仕事のかたわら、民主党大学東京(第2期)に通ったり、政治志望の友人と交わったりし、政治への関わり方を模索。
  • 「議員秘書として政策を立案することで、自分を社会に役立てよう」と考える。議員秘書に関する本を読み漁る。
  • 念願の、国会議員政策秘書になれる資格試験に一発合格。つくづく「自分は運がいい」と思った。
  • 子育てするのに環境のいい場所に持ち家を買おうと考え、横須賀市のファーストマイホーム制度を活用して野比に家を買う。

政治の道へ

  • 当時住んでいた横浜市栄区で、長島一由氏(前逗子市長、前衆議院議員)が、ヘッドセットをつけて演説をしながら選挙カーを運転し、なおかつ途中はがれたポスターを貼りかえる、という作業を全部自分ひとりでやっている姿を見かける。可哀相に思って「手伝いましょうか?」と声をかけたのが縁でボランティアをするようになり、その後、長島一由の私設秘書となる。
  • 2009年の熱い夏を迎え、総選挙の結果、長島一由が当選。そのまま公設秘書となる。
  • 「よそ者、若者、馬鹿者」の視点から「せっかくいいまちなのに、横須賀はもったいない!」との思いが募る。神奈川4区(鎌倉市、横浜市栄区、逗子市、葉山町)の議員の方々が、地域のために熱心に働く姿を見て、「自分の経験を、住んでいるまちのために役立てたい」と考え、横須賀市政に挑戦することを決意。2010年12月末に退職。
  • 2011年4月24日の横須賀市議会議員選挙において、2,977票を頂き当選。
  • 2012年11月に、「横須賀ハコモノ研究会」の活動が認められ、第7回マニフェスト大賞にて「優秀コミュニケーション賞」を受賞する。
  • 2013年10月に、『横須賀データマップ』の取り組みが認められ、第8回マニフェスト大賞にて「優秀政策提言賞」を受賞する。
  • 2013年12月に、横須賀市議会懲罰特別委員会より「無礼の発言」のかどで戒告処分を受ける。
  • 2014年10月に、『議員有志で市民の声を聴く会』の取り組みが認められ、第9回マニフェスト大賞にて山城保男議員と「優秀コミュニケーション賞」を受賞する。
  • 2015年4月26日の横須賀市議会議員選挙において、4,165票を頂き再選。
  • 2015年7月に、起案した「横須賀インターナショナル・スクール特区」構想日本青年会議所「地域再興政策コンテスト」で優秀政策賞を受賞する。
  • 2015年11月に、街頭プレゼンのパッケージ開発が認められ、第10回マニフェスト大賞にて学生インターン間瀬海太氏と「優秀ネット選挙・コミュニケーション賞」を受賞する。
  • 2016年11月に、「市の予算、勝手にオープンデータ化プロジェクト」が認められ、第11回マニフェスト大賞にてインターン増田紫乃氏・和田悠人氏・I-CASインターン生と「優秀政策提言賞」を受賞する。
  • 2017年2月に、マニフェスト大賞を参加者ではなく主催者として盛り上げる決意を固め、実行委員会事務局長をお引き受けする
  • 2017年6月に、MENSAの試験を受け、合格する。
  • 2017年11月に、所属する会派研政がマニフェスト大賞にて「優秀マニフェスト推進賞」を期せずして受賞。広聴会「市民と議員のよこすか未来会議」を軸とした政策形成サイクルが評価された。なお当時、実行委員会事務局長を務めていたが審査には一切関われない仕組みである。

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